東南陸行五百里 到伊都國

「末廬國から東南の方向へ500里歩けば、伊都國に至る」

この「陸行」は、陳寿の詐欺的加筆である。少し前に編纂された魏略逸文 には「東南五百里到伊都国戸万余」とあり、陸行はない。魏略と魏書は、おそらく予め大鴻臚で整理された原史料を元に書かれているはずである。九州北部に上陸したのだから、当然陸行だろうという甘い考えから加筆されたものだろう。

漢文は時制がないのだから、現在か未来か過去かは読者の感性である。
「歩いた」と訳す人もいれば、「歩けば至る」と考える人もいる。

この時代唐津から糸島へ歩ける道はない。鏡100枚だけでも400k。食料、衣服、武器等合わせれば1tを越える。何が悲しくて良港から良港への移動に、重たい荷物を持って山越えするのか理解不能である。

壱岐から呼子,唐津を沿岸水行で糸島に行くのが自明の理である。

魏使は末廬國へは行っていない。官名の記載はどの史書にもない。魏使初来倭の一大イベントに官が迎えないはずがない。官名の記載がないということは、官は卑弥呼共立からなので、それ以前の史料が使われたということになる。

 では何故行っていない末廬國を書いたのか?
それは倭国で最初に交易が始まった有名な港だったからである。菜畑遺跡から始まり、「東南陸行五百里」で多玖の道を行き、佐賀から吉野ヶ里経由で福岡小郡市までの多紐細紋鏡のルートが倭国初の交易路である。多紐細紋鏡の出土のある「吉武高木遺跡」と同時代と思われる。

            




                
自女王国以北

「自女王國以北」の文章は倭人伝に二度出て来る。漢文の専門家に言わせると、この重複が漢文の重要要素である「リズムの美」を壊しているそうだ。「女王、卑弥呼、倭女王」と重複を嫌ってきた超一流史家の陳寿が分からないはずがない。反対にリズムを壊すことにより、陳寿は「自以北」を強調しているのだろう。

 三国志の用例からすると女王国も以北に含まれる。
「自女王國以北 特置一大率 檢察諸國 諸國畏憚之 常治伊都國 於國中有如刺史」女王国も一大率に検察され、諸国同様にこれを畏憚している。何んとも不思議な文章である。女王から命じられた一大率が女王国自体を検察しているという。専門家もここは素通りである。だが自説によると何も問題がない。

これは、「自女王國以北 其戸數道里可得略載」に関係がある。為政者は越人であるが、倭国の住民は縄文人が大多数である。したがって女王国の中の縄文人こそ本当の敵であり,検察する必要があったのである。狗邪韓國は略載がなく以北の国に含ませていないのは、ここが越勢力だからである。


 勢力図は 「 卑弥呼の越勢 対 壹與+卑彌弓呼の倭人 」なのである。  



  

           
「特置一大率・常治伊都國」             

「自女王國以北 特置一大率 檢察諸國 諸國畏憚之 常治伊都國 於國中有如刺史」

 旧唐書 「置一大率、検察諸國、皆畏附之」
 新唐書 「置本率一人、検察諸部」


「一大率=本率一人」は、「大率=本率」であり複数の大率の中の一人である。これに似ているのが、「共立一女子爲王 名曰卑彌呼」で、複数いるシャーマンの女の中の一人ということになる。

特別(臨時)に置いた一大率が、伊都国で常に治めている。「特と常」は相反する。常に治めているのは伊都国王であり、一大率は特別に置いたのである。ここから導き出される結論は、伊都国王を特別に一大率に任命したとなる。

 後漢書「國皆稱王丗丗傳統」
諸国に王はいた。代々王統を繋いで来ている。この王が「大率」という中国的表現であれば、その中の一人の大率という意味になる。それが伊都国の「皆統屬女王國」という特殊な関係で表わされたのだろう。


制詔 「悉可以示汝國中人 使知國家哀汝」
(ことごとく以って汝の国中の人に示し、国家が汝を哀れむを知らしむべし)

 明帝は卑弥呼の存在が危ぶい事を知っている。そのため哀れむのである。そして手厚く好物を与え、国中の人々に私(魏)が哀れんでいることを知らせなさいとある。張政の任務は卑弥呼の越人勢力の温存にあったのではないか。しかし結果は縄文の壹與で決着がつき、これを告諭することになった。したがって帰路は「政」と格下げ表記になっている。




      
              
「一大率の宮」      

 伊都の津と思われる「板持」を見下ろし、平原遺跡付近の卑弥呼宮殿が見える適当な場所はJR周船寺付近の高台である。この地に一大率の館に相応しい遺跡が出土している。

福岡市教育委員会の199年の周船寺第七次調査見つかっている。六棟以上ある掘立柱遺構の中で、中央部の建物は四面に回り縁をめぐらしている。吉武高木の「高殿」と全く同じであるが、一回り小さい。回り縁は他に平塚川添遺跡があり、政務を執る高殿であるので、周船寺遺跡も同じ機能を持つ建物と思われる。

         





            「儺と那珂の戦い」

 

 
            「汝其綏撫種人」


 綏撫  安らかになるようにしずめおさめること。慰めいたわること。
 種人  種族の人々

              
「奴国重複の謎」


         
           「次有連続重複の怪」
































 

 


 



































  
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